2009年11月1日日曜日

第30回「ロシア『スーパープライム』不動産事情」(2009/10/28)


極東のコジミノ付近の原油貯蔵施設に入る原油を積載した貨車=10月22日[共同]

不動産事情
 石油価格が上がれば良くなるロシア経済だが、良くなったように見えるだけなのかもしれない。なぜならば、石油価格が再び下がれば、ロシア経済に支障がでる可能性が高いからである。経済成長を左右するエネルギー資源の輸出に替わって経済発展を支えるメカニズムは今のところない。ロシア政府はイノベーション(技術革新)をベースとした経済発展を旗印に努力をしているものの、いまだに大きな成果がない。



 資源の国際価格によって一国の経済、そして国民生活が左右されるのは悲しいことだが、貴重な資源を保有するのは良いことには違いない。今年、石油価格の上昇とともにロシア経済も徐々に調子を取り戻しているからだ。夏までは明るい経済データの発表がまれだったが、秋以降は「底入れ」見通しが強まっている。

 10月中旬、悲観的な予測で有名な経済発展省のクレパチ次官はあるインタービューで、ロシア経済は2012年までに危機前のレベルに戻るだろうと、意外と楽観的なコメントを発表した(www.rbcdaily.ru)。もっとも“鉱工業生産と投資の回復はやや遅れる可能性がある”とも同次官らしくつけ加えたのである。

 このコメントから読み取れるものは、ロシア経済は09年秋に「底打ち」状態となり、徐々に回復に向かっていることである。

 09の経済成長見通しがマイナス8.6%であることを考えると、必ずしも楽観的にはなれない。だが、経済発展省の見通しでは、10年は1.6%のプラス成長に転じ、11年には3.0%、そして12年には4.3%になるとのことである。

 ロシア経済の予測は、石油価格の動向と同じくらい難しい。けれども、再び資源高の匂いがしてきた石油価格の上がり方を見る限り、向こう2~3年はロシア経済のプラス成長が十分可能であると思われる。すると、08年にあっけなく終わった好景気に伴う消費ブームと不動産ブームが再来する可能性も否定できない。少なくとも今そう思うロシア人が増えているのである。

 ロシアの世論調査会社ロミル・モニターリング(www.romir.ru)の10月の発表によると、回答者の47%は資金的に余裕があれば不動産に投資をすると答えた。さらに別の調査で、「今は不動産を買いどきか?」との質問に関して、答えが以下のように分かれた。

 「今は買いどき」と答えたロシア人は、08年11月は7%、09年3月は12%、同年7月は29%。逆に「買いどきではない」と答えた人は、08年11月47%、09年3月46%、そして今年7月は31%であった。ロシア人の景気への楽観を裏付けるように、「買いどき」と「買いどきではない」との意見が拮抗(きっこう)してきた。


景気がもう少しで良くなるとの期待

 石油価格の上昇で、危機が起きた後の数カ月の経済的スランプと先行きへの不安が、景気回復への期待に変わってきている。貸し渋りしていた銀行は自動車ローン、住宅ローンの貸し出しを少しずつではあるが回復させている。1カ月前に車を買い替えた知人のロシア人の話では、少なくとも国営のズベルバンクとブネシュトルグバンクはローンを提供しているのである。


ブネシュトルグバンクなどは各種の貸し出しを徐々に回復させている

 需要の高いロシアの住宅市場発展にはローン制度が不可欠である。リーマン・ショック後、銀行は貸し渋りをし、住宅ローン制度は一時的に機能停止の状態に陥った。けれど、ロシア経済が安定期に入ったことを裏付けるように、銀行は今年の夏から住宅ローン金利を下げ始めた。

 ロシアの住宅ローン機構が09年10月に発表した平均金利はルーブル建ての固定金利が19.01~19.36%で、変動金利は17.47~18.29%である。このデータが初めて発表された08年2月と比べて固定金利が150%弱、変動金利が140%弱上昇している。ドル建ての金利は固定金利が14.45~14.69%であり、変動金利は9.49~9.53%である。08年2月と比べると、固定金利は125%、変動金利は104%高い水準だ。

 08年はインフレ率は今より高かったが金利ははるかに低かった。過熱していた住宅市場では盛んに勧誘が行われていた。リーマン・ショック前にロシアでは1200の銀行の3分の1が住宅ローンを提供していたといわれる。

 石油価格がピークを迎えた08年7月時点で公定歩合は11%であり、ルーブル建ての住宅ローン固定金利は13.4%、変動金利は12.6%であった。頭金なしのローンの情報があちらこちらの銀行から出されていた時代であった。当時、住宅購入の20%には住宅ローンが活用されていた。しかし20%という割合は、他国、特に先進国と比べるとまだまだ少ない。住宅ローンの歴史が浅いロシアでは、高度なリスク管理技術を用いるまでもなく「まずは信用力の高い客を選べ」といったシンプルな発想があったのである。「われわれはリスクの低い客を選べたので、Sub Prime(サブプライム)ではなく Super Prime(スーパープライム)のローンを出しているから、不良債権がわずか1%だ!」。ある中堅住宅ローン専門銀行の頭取はついこの間、マスコミとのインタービューでこう述べたのである。すべての銀行はそうだったかどうかは疑問が残るが、15年のローンを組んで、5年で完済してホッとしたというモスクワの知人の話しを思い出して納得する。ソ連時代に住宅ローン制度がなかったロシアでは、借りる側はやはり「スーパープライム」の人が比較的多かっただろう。

 ということは、ロシア住宅ローン市場の未発達の部分が、今回も市場を崩壊から助けてくれたことになる。

 金融機関別に住宅ローン金利をみると09年10月現在、一番低い金利は政府系の住宅ローン機構の10~12.7%である。去年と比べて住宅ローン市場が6分の1まで縮小したが、住宅ローン機構の専門家は、最近は少し改善が見られ始めたという。そこで不動産市場全体にも元気が戻ることに期待したい。

 確かに頭金ゼロの住宅ローンはもう聞かれない。多くの中堅銀行が住宅ローン事業を一時中止したことや、大手民間銀行の中にもルーブル建て金利が20~25%と非常に高い事実が存在する一方、平均ローン金利は少しずつ下がる気配を見せている。

 そして一番不思議なことに、グローバル金融危機で大きなダメージを受けたロシア経済だが、不動産市場は思ったほど危機的な状態に陥っていなかった。もちろん市場価格は下がってはいたけれど、「下落」と呼べるほどの動きではなかった。


2年前の水準、高止まりする不動産市場

 1年前と比べて、ロシア人の購買力は多少下がったものの、高すぎて危機前にマイホームをあきらめた人が今、買うことを再検討し始めた雰囲気がある。大都市のモスクワ、サンクトペテルブルク、14年に五輪が開催されるソチは、好況を背景に「投資住宅」と呼ばれる投機的な取引が数多く見られた。今はこのような投機的な部分がなくなり、市場の価格がより需要を反映するレベルまで戻ったともいえる。そして、景気が上向いているときにありがちな、「頭金が要らない」イージーな住宅ローンもなくなった。いわゆる市場の「泡」がなくなったわけだ。

 ロシア不動産市場の好景気を支えたもの、消費ブームの背景にあったものは00年以降の経済安定とルーブル高、それに投機的な不動産買いと07年に始まった住宅ローンの拡大である。景気が上昇していくにつれて、住宅市場でアンバランスな動きが生じ始めた。それは手ごろな価格、いわゆる「エコノミークラス」住宅建設が減り、その代わり「ビジネスクラス」、つまり高所得者向けの住宅建設が増え、価格がどんどん上がっていったのである。それに、ソ連時代の遺産であった「国営自宅」の家が民営化され、住んでいる人のものになった。そのため多くの人はローンを抱えず住まいを持っている状況である。先進国では40~50代の働き盛りの人の可処分所得のかなりの部分が住宅ローン返済に充てられているが、ロシアにはそれがない。景気が良くなるにつれて人の懐も暖かくなり、住宅の質を改善する意欲が出た。需要が高まっていたが、それに見合う供給がなかったという見方がある。

 結果、1平方メートル当たりの価格は、04年の2000ドルが2年後に倍となって、08年に6000ドルまで高騰した。08年の金融危機が起きてから、価格が再び06年水準の4000ドルまで戻った。不動産市場は結局、危機の影響を受けながらもその2年前のレベルで高止まりしてしまったのである。

 そして不動産市場はどこへ向かっているか、一番関心のあるところだ。今後も少しずつでも下がり続けるか、あるいは今の状態は「底打ち」と思っていいのか。今後上がる可能性が高いか──。一番知りたいところだが、これは結構難しい質問だ。

 08年末以降は景気が冷え込んだ。海外からの資金流入が細くなり、ロシアの銀行は一時的に貸し渋りを起こした。中堅も大手も建設会社の資金繰りが厳しくなり、多くの新規建設計画が白紙になった。すると景気が上向いていってもしばらくは「供給不足」の状態が起こりうるのだ。その場合に不動産価格が再び上昇し始める可能性がある。けれどそれも「景気が上向く」前提の話である。

 先ほどのアンケート調査の結果では、半年前と比べてロシア人の間で前向きな気持ちが強くなってきている。私は最近、ロシア人の友だちと話すと、この「ちょっぴり楽観的な」ムードが伝わってくる。しかしその話の中で「石油も上がっているし」という台詞(せりふ)が欠かせない。

 ということは、石油価格がロシア人の将来を左右している状態が10年前とほとんど変わっていない。1998年のロシア通貨危機の1つ大きな教訓は、流入したオイルマネーがストックに回り、今回の金融危機の対策として活用されていた。しかし、石油依存あるいは石油価格下落への防波堤、つまり非資源セクターの発展に導くはずだった真の構造改革は冬眠状態のまま。

 98年の通貨危機に加えて、今回の危機がロシアのイノベーションに基づく経済発展を促進する教訓になればいいと思う。それが成功したらロシア経済がより複合的なものとなり、内外関係がより高度化していくだろう。そして、不動産をはじめ市場の動きを読むことがきっと今より難しくなるが、面白くもなる。

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