2009年11月15日日曜日

中国経済


第90回「中国経済の回復持続力の『危うさ』を衝く──勃興経済の行く手に『乱雲』か」(2009/10/29)

 中国は2009年7~9月期の国内総生産(GDP)が実質8.9%増(前年同期比)となったと発表した。昨秋来、フリーフォール的悪化にあった世界経済は本年央ごろに「底入れ」し、上向きにあるが、それにしても中国の高成長ぶりに誰もが度肝を抜かれた。改めて新興経済の雄・中国の底力というか潜在力を思い知らされた。中国の成長率はリーマン・ショック後の08年10~12月、09年1~3月、4~6月、それぞれ6.8%増、6.1%増、7.9%増だった。マイナス成長軌道に陥った先進国に対し、際立った堅調さを誇示してきた。それでも中国政府が目標と定める8%成長には及ばなかったが、7~9月の8.9%増は目標を超えるものだ。09年1~9月では7.7%増だから、今年の実質成長率の政府目標は達成がほぼ確実になった。

 だが、この「朗報」は両義性を持つ。「良報(グッドニュース)」としては、言うまでもなく、これで10年代の世界景気の展望に明るさが増すことである。中国が世界経済危機の衝撃を1年足らずでほぼ完全に克服し、米国など先進経済のパワーレス・エンジンに代わって、10年以降の世界経済をけん引していくとの期待感が高まるからだ。8.9%成長発表についての、大部分の受け止め方はこれだ。

 半面、「悪報(バッドニュース)」との受け止め方もあるのだ。中国当局の発表データはこれまでもよく「統計操作」とか「政治的操作」と云々(うんぬん)されることが多かった。ところが今回はいつもと違った噂(うわさ)が流れる。いつものような「(悪い)実体」をよく見せる「嵩(かさ)上げ」ではなく、「(良すぎる)実体」を低めに偽る「嵩下げ」ではないかとの正反対の噂なのだ。それは何故か。7~9月の中国経済の驚異的な躍進ぶりからみて前年同期比8.9%増にとどまるはずがなく、同30%増が現実の勢いでは、との観測も結構根強いのだ。むろん、真偽を明らかにするのは無理だから、われわれは8.9%を真実のデータとして中国経済の回復状況を診断し、先行きを分析しなければならない。だから、ここは冷静になって、次の3つの設問を軸に「快調!中国経済」にメスを入れておく必要がある。

(1) 中国経済は他の諸国と異なって、本当に力強い回復に成功しつつあるのか
(2) この回復は本当に持続性を持つのか
(3) 中国経済は政府が目論むように「輸出主導経済(export-led economy)」から「内需主導経済(consumption-led economy)」にこれほどスムーズに転換しつつあるのか


 以下、今回は上記の3つの設問を念頭に、中国経済の回復力、さらに成長力の虚実を吟味しておきたい。

群を抜く「突出的回復」ぶり

 08年秋のリーマン破綻以降の世界危機にあって、09年1~3月の中国経済も実質6.1%増にとどまった。この数字は四半期ベースの統計を遡れる1992年以降で最も低い水準だから、中国はもとより世界も中国経済の凄まじい成長力はやはり屈折したとの観測が広がった。だが、その後の4~6月(7.9%増)、そして今回の7~9月(8.9%増)と8%軌道に近づき、さらに超えてきたことから、世界経済にとって中国経済の存在は今や「頼もしいアンカー」の感がある。日本をはじめアジア諸国、ロシア、ブラジル、豪州、アフリカの資源国などは「米国が駄目なら中国があるさ」とばかり、「中国頼み」の空気が広がる。回復力がいま一つの米国でも、中国経済を今や米国機関車の最重要な補佐役とみなす。

 実際に米国と日本の世界GDPに占める割合(08年)はそれぞれ25.7%と8.8%で、中国の比率は7.8%。10年に中国が日本を抜き、米国に次いで世界第2位になるのは確実だ。このナンバー2の中国経済が依然として年率で8%の成長力を備えているとなれば、米国をはじめ各国が中国経済を「仰ぎ見る存在」ととらえるのはもっともなことだ。

 ところで、こうした群を抜く成長のけん引要因は何か。09年1~9月の固定資産投資額(設備投資と建設投資の合計)は前年同期比33.3%増で、07年、08年の通年の伸び(前年比25.8%増、同26.1%増)を超える。そして、消費の動きを示す09年1~9月の小売総額は同15.1%増。07年(同16.8%増)、08年(同26.1%増)には及ばないものの、2ケタ台の高い伸びで推移している。

 中国経済の最大のけん引役である輸出はどうか。09年1~9月の輸出額は前年同期比21.3%減だが、9月単月では前年同月比15.2%減と、8月(前年同月比23.4%減)に比べ減少幅は縮小している。

 これら09年1~9月の中国経済の動因をみれば、次の3点が特徴付けられる。第1点は昨秋来の経済悪化に歯止めを掛け、回復をリードした最大の要因は巨額な設備投資ならびに建設投資であること。第2点が、回復をリードした二番手は底堅い消費であったこと。そして第3点は従来の輸出主導による回復力はまだ復元するまでに至っていないことである。

勃興経済・中国で成功したケインズ政策

 言い換えれば中国経済の「群を抜く回復ぶり」はまずもって、08年11月に発動された巨額な財政出動によってもたらされたものであることが改めて確認できる。政府による総額4兆元(約55兆円)にのぼる景気大浮揚策の決定だ。

 GDP比15%前後の巨大な財政支出で、道路、鉄道、空港、港湾、発電所などインフラ関連の公共投資をはじめ、農村インフラの整備、低所得層への住宅建設など大盤振る舞いの公共事業の展開だ。これが後述する金融緩和策と相まって前年比で3割を超す固定資産投資額となり、中国経済をダイナミックな復元軌道に回帰させているのだ。まさに絵に描いたようなケインズ政策だが、これが先進国の経済と決定的に異なって、景気浮揚面で有効性を発揮しえたのだ。中国のような未成熟経済で、しかも経済勃興期にある場合、ケインズ的な「呼び水政策」はあたかも「乾いたスポンジに水」のように高い乗数効果を持って浸透していくからだ。中国は00年に始まる「ゼロ年代」にあって、まさに「勃興経済」に突入したのである。それ故に、道路投資にせよ鉄道建設にせよ、公共投資による需要創出効果は当然として、供給サイドの拡充、すなわち供給能力ベースの拡大効果を持つ。このような需給両面に波及効果を持つ財政政策は、短期的には景気浮揚面で有効性を発揮(09年1~9月GDP7.7%増)するが、中長期的には需給バランスを崩し、供給超過状態をもたらす点は要注意である。


自動車&大型液晶TVの生産王国に

 さて、中国政府はこうしたマクロ的なケインズ型財政政策を補完すべく、個人消費拡大のための、税制ならびに補助金をテコとする消費奨励措置を展開している。これはマクロ政策ではないが、いわば減税と補助金による個人消費促進を狙った「変形ケインズ的政策」といっていい。

 中国政府は09年に入って、個人消費促進措置として2大耐久消費財対策を大々的に進めている。自動車と家電を対象とした「汽車(自動車)下郷」政策ならびに「家電下郷」政策である。排気量1600cc以下の自動車購入税を10%から5%に引き下げたほか、農村地域の自動車・家電購入を促進するため買い替え奨励の補助金措置を導入した。マクロ的な政策の狙いは、沿海部の輸出関連企業にとっての「輸出」市場を代替する「内需」市場の創出にある。上記のマクロ的な財政政策の有効需要創出効果に加え、これら減税や補助金などを通じた車・家電の「下郷政策」によって、中国の自動車市場ならびに家電市場は様変わりといえる変身を遂げつつある。業界団体である中国汽車工業協会の発表によれば、09年1~9月の国内の自動車生産台数は961万台(前年同期月比32%増)に達し、通年で1200万~1300万台になるのは確実。これは08年世界一だった日本を抜いて、中国の自動車生産が世界一に躍り出ることだ。

 車と並ぶ高額かつ高度耐久消費財は大型液晶テレビだが、この市場でも中国の躍進が09年に世界の耳目を集めている。最近まで「大きいことはいいことだ」と気前良い消費ブームを謳歌(おうか)してきた米国の消費者は、サブプライム・ショックによって大型液晶テレビの画面の上限を33インチと考え始めている。それに代わって中国の消費者は「下郷政策」もあって37インチさらに42インチと大型化に急速に傾斜しつつある。世界的な液晶テレビメーカー、例えば韓国のサムスン電子やLG電子、シャープは中国の大型需要の拡大をにらんで、現地での工場増設や新設を次々に計画しつつある。大型液晶テレビも自動車同様に、早晩、中国が「世界一」の地位を占めることになろう。

膨張的金融政策の神通力

 中国経済の「突出的回復」の基本背景が従来の「輸出けん引力」の後退を「内需けん引力 」でカバーせんとする、政府の「必死のもがき」にあることは上記してきた通りだ。この政府の意図と努力は現時点まで100%に近い成功を収めている。この大成功を支える、もう1つの決定的な政策がある。それが拡張的な金融緩和策だ。

 中国当局はリーマン・ショック以前、絶好調景気に伴う景気過熱、さらにバブル発生を警戒して、金融政策を巡っては引き締め的な姿勢を強めてきていた。周知のように中国経済は本欄で何度も指摘する「03~07年の世界同時好況」(第86 回「デカップリング論は復活しつつあるか」、第68回「潮目を迎えたか世界成長」などを参照)にあって、BRICsの先頭を切って高度成長軌道を驀進(ばくしん)してきた。03~07年の年平均実質成長率は11%だ。だから、当局が金融政策で引き締め的な警戒姿勢を強めてきたのは必然だった。

 だが、リーマン破綻によって輸出エンジンが不全化するに至り、当局は09年に入って金融政策の基本スタンスを「適度に緩和的な方向」に転換した。この政策転換は同年3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で正式に決定、そして目標も設定された。09年の通貨量(M2)の伸び率を前年比17%増、新規融資額5兆元を目安とするというものだ。09年1~9月の新規融資額は累計で8兆6700億元と、08年通年(5兆元)の1.8倍に達している。通貨量の伸び率は08年の17.9%増から09年9月は29.3%増と、伸び率としては99年以来で最大となった。明らかに「膨張マネー」が中国経済に燎原(りょうげん)の火のごとく広がっている。

 これが巨額な財政政策と相まって、固定資産投資額の拡大をもたらし、景気回復をけん引しつつあるのだ。だが、こうした過剰融資や膨張マネーは後述のように、中国経済の随所に各種の「異常」を発現させ始めている。いずれにせよ、現時点までは金融緩和策と「膨張マネー」は財政全開と相まって、中国経済を8%成長軌道に復元させる効果を発揮してきている。この点で金融緩和策は神通力を持ってきたと言ってよい。しかし、この「膨張マネー」が「群を抜く『突出回復』」の勃興経済の行く手に「乱雲」を立ちのぼらせ始めつつあるのだ。

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